舞城王太郎『世界は密室でできている』

たとえば、ぼくが中学生だったころ、それはつまり、長野県からほとんど出たこともなく、というよりも市内からほとんど出たこともなかったころ、ぼくは、広い意味で密室に閉じ込められていたと言うこともできるだろう。自分の家と友だちの家と学校を行き来するだけで完結する生活。外部の世界があるということは知っていたけど、そこへ行ってみようとは、あまり思わなかった。頭の中の地図は、自分の家から半径数キロメートルしか描かれていなかった。

密室というのは、なにも「脱出不可能な部屋」とか「閉ざされた雪の山荘」とか「孤島」に限らない。ぼくたちは、絶えず、なんらかの密室の中で生活している。

本書は、このような広い意味での密室の中で青春を過ごす中学生の由紀夫と、その友だちでもある名探偵ルンババ12の物語である。本書の中には、いくつかの密室が登場する。密室内の遺体が不自然に窓の外を見つめている一連の密室、一家が惨殺された後にその遺体が家中を引きずり回されている密室、その家庭の父親が別の人の家の中で死んでいてダイイングメッセージに「あ」と書かれている密室、福井の山奥で4つの密室の中に十数体の遺体が4コマ漫画のように並べられている密室。そして、ルンババ12の父親が息子を部屋に閉じ込めておくために作った密室。しかし、それらの密室は、読者がトリックを考えるよりも先に解かれてしまう。

だから、「世界は密室でできている」と言ったときの「密室」とは、ミステリを構成する上での仕掛けとしての密室ではなく、冒頭で書いたような、田舎で生まれ育った青年の、田舎の中で完結しようとしてしまうような、人生のことなのである。

本書では、この密室に風穴を開ける存在として、東京に住むツバキ・エノキ姉妹が登場する。由紀夫は修学旅行で東京に行き、ひょんなことから埼玉にあるツバキエノキ姉妹の家に連れていかれる。そして、東京の宿舎までエノキの運転する車で送り返されるのだが、そこで、エノキが泣いてしまい、由紀夫は彼女を必死で慰める。

「それから僕は埼玉のどこかの国道の脇で、初対面の女の子に、出会って二時間でキスを奪われるという、唐突すぎて素敵なんだかどうだかわからない経験をする。」(p.53)

舞城の作品にとって、キスは、それほどロマンチックに行われない。「愛」みたいなもので、それを原因づけることをしない。それは剥きだしの衝動である。かといって、キスによって性的に満足されるというわけでもない。人間が性として分かたれる以前の人間そのものとしての衝動である。

いずれにせよ、そこからエノキは、由紀夫と頻繁に電話をするようになり、その年の夏に、大きな事件が起き、ルンババがそれを解決し、エノキは由紀夫とルンババの住む福井県に引っ越してきて、由紀夫の家に居候することになる。そして3年がたち、福井で大きな密室殺人が起き、ルンババが首尾よくそれを解決し、物語は幕を引く。

のだが、ルンババは最後に、もう一つの事件を解決する。それは、13歳の時に屋根の上から落ちて死んだルンババの姉である涼ちゃんの事件の真相であった。そして、ルンババは、その真相を暴いたうえで、姉と同じように屋根から飛び降りる。姉のときとの唯一の違いは、家の下で、友人である由紀夫とエノキが布団をかき集めて、彼を受け止めようとしている点においてである。

「「行けー!」と僕は叫んだ。「飛べルンババ!飛んで落ちてばっちり生き残って、涼ちゃんより長生きするんや!」」

「「行けー!」と泣きながら、エノキも叫んだ。そうだエノキも僕たちとこれからも一緒に生きていくんだ」(p.238)

ルンババはなぜ名探偵になったのか。あのとき助けられなかった姉を助けたいという思いが彼の心の中にあったからである。そして、彼にとっての謎の解決は、論理的に導き出される理路整然とした紙上の方程式の解ではなく、一緒に生きてきた友人たちと再び歩み直す生身の人生だったのである。