締切が近づくほど、文章の整え方ばかりが気になってくる。
けれど、手が止まる原因は多くの場合、文体ではなく「主張(アーギュメント)がまだ定まっていない」ことにある。
この記事では、阿部幸大の『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』を参考に、僕が学生指導や自分の執筆で繰り返し使っている「迷子にならないための手順」を、できるだけ具体に書く。
1. まず「主張」を1文で置く:論文は“反論可能な文”から始まる
論文の核は「反論可能な主張」を最初に置くこと、である。
阿部(2024)は、文章や論文について次のように整理している。
文章とは、ある主張(アーギュメント)を提示し、その主張が正しいことを論証するものである。
ここで大事なのは、「主張」は喧嘩腰の断定ではなく、読者が「そうとは限らない」と言える形=反論可能性をもつ、という点である。反論可能だからこそ、こちらは根拠を積み上げられる。
たとえば、
- 「日本は災害が多い」は、事実に近く、反論可能性が低い(議論になりにくい)。
- 「日本の復興は○○という点で独特である」は、反論が可能で、論証が必要になる。
2. 問いを磨く:広すぎるテーマを、比較で切り出す
問いは“最初から正しいもの”ではなく、書きながら更新されるものだ、という点である。
「SNSとメンタルヘルス」のような大きいテーマは、扱えるサイズに落とす必要がある。コツは「比較」を入れることだ。
- 何と何を比べるのか(対象)
- どの条件で比べるのか(場面・期間・集団)
- 何をもって違いとするのか(指標)
比較と指標が入ると、読むべき文献や集めるデータが絞られる。
3. 段落で論証する:1段落=1トピック、冒頭に一文
論文の説得力は“段落の積み上げ”で決まる、ということである。
おすすめの型は単純である。
- 段落冒頭:この段落の主張(パラグラフ・テーゼ)
- 続けて:根拠(データ、先行研究、具体例)
- 最後に:次の段落への橋(指示語に頼りすぎない)
引用を入れたら、その直後に「この引用を、この論文ではどう読むのか」を一文で言い直す。引用は置くだけでは不十分である。
4. 質的分析のコツ:語りを守りながら、比較して統合する
上記で書いたことは、先行研究のレビューや考察にあたるセクションでは通用するだろう。
しかし、インタビューやフィールドノートを分析するには、また別のコツが必要となる。
質的分析は「一般化」ではなく「結晶化」で成立する。
- 生々しさを落としすぎない:早い段階で抽象語に回収すると、語りが痩せる。まずは「その語りでしかありえない」部分を残す(僕はこれを結晶化と呼んでいる)。
- 逆説のフレーズを拾う:「そういえば」「だからこそ」のような言い回しは、語り手の論理が露出する地点になりやすい。言い間違いで済ませない。
- 比較する:データ内比較(似ている/違う語りを見比べる)と、データ外比較(今いない人・状況を推測して次の対象を考える)。
5. 書き始めの手順:導入と結びを先に書く
迷子になりやすい人ほど、最初に“入口と出口”を作るとよい。
- 導入:何が起きたか/何が引っかかったか/この論文で何をするか
- 結び:いま到達できた暫定の整理/残る問い
結びは「完璧な解決策」にしなくてよい。解決できない部分を明確にして、次に進むための問いを残すほうが誠実である。
参考
- 阿部幸大 (2024). まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書 光文社