論文作成のコツは、「うまく書く」より先に「何を言うか」を決めること

締切が近づくほど、文章の整え方ばかりが気になってくる。

けれど、手が止まる原因は多くの場合、文体ではなく「主張(アーギュメント)がまだ定まっていない」ことにある。

この記事では、阿部幸大の『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』を参考に、僕が学生指導や自分の執筆で繰り返し使っている「迷子にならないための手順」を、できるだけ具体に書く。

1. まず「主張」を1文で置く:論文は“反論可能な文”から始まる

論文の核は「反論可能な主張」を最初に置くこと、である。

阿部(2024)は、文章や論文について次のように整理している。

文章とは、ある主張(アーギュメント)を提示し、その主張が正しいことを論証するものである。

ここで大事なのは、「主張」は喧嘩腰の断定ではなく、読者が「そうとは限らない」と言える形=反論可能性をもつ、という点である。反論可能だからこそ、こちらは根拠を積み上げられる。

たとえば、

  • 「日本は災害が多い」は、事実に近く、反論可能性が低い(議論になりにくい)。
  • 「日本の復興は○○という点で独特である」は、反論が可能で、論証が必要になる。

2. 問いを磨く:広すぎるテーマを、比較で切り出す

問いは“最初から正しいもの”ではなく、書きながら更新されるものだ、という点である。

「SNSとメンタルヘルス」のような大きいテーマは、扱えるサイズに落とす必要がある。コツは「比較」を入れることだ。

  • 何と何を比べるのか(対象)
  • どの条件で比べるのか(場面・期間・集団)
  • 何をもって違いとするのか(指標)

比較と指標が入ると、読むべき文献や集めるデータが絞られる。

3. 段落で論証する:1段落=1トピック、冒頭に一文

論文の説得力は“段落の積み上げ”で決まる、ということである。

おすすめの型は単純である。

  • 段落冒頭:この段落の主張(パラグラフ・テーゼ)
  • 続けて:根拠(データ、先行研究、具体例)
  • 最後に:次の段落への橋(指示語に頼りすぎない)

引用を入れたら、その直後に「この引用を、この論文ではどう読むのか」を一文で言い直す。引用は置くだけでは不十分である。

4. 質的分析のコツ:語りを守りながら、比較して統合する

上記で書いたことは、先行研究のレビューや考察にあたるセクションでは通用するだろう。

しかし、インタビューやフィールドノートを分析するには、また別のコツが必要となる。

質的分析は「一般化」ではなく「結晶化」で成立する。

  • 生々しさを落としすぎない:早い段階で抽象語に回収すると、語りが痩せる。まずは「その語りでしかありえない」部分を残す(僕はこれを結晶化と呼んでいる)。
  • 逆説のフレーズを拾う:「そういえば」「だからこそ」のような言い回しは、語り手の論理が露出する地点になりやすい。言い間違いで済ませない。
  • 比較する:データ内比較(似ている/違う語りを見比べる)と、データ外比較(今いない人・状況を推測して次の対象を考える)。

5. 書き始めの手順:導入と結びを先に書く

迷子になりやすい人ほど、最初に“入口と出口”を作るとよい。

  • 導入:何が起きたか/何が引っかかったか/この論文で何をするか
  • 結び:いま到達できた暫定の整理/残る問い

結びは「完璧な解決策」にしなくてよい。解決できない部分を明確にして、次に進むための問いを残すほうが誠実である。


参考

  • 阿部幸大 (2024). まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書 光文社

Cursorでつくった、ローカルで動く小さなアプリたち

ここ一ヶ月ほど、Cursorを使って、自分用や身近な用途の小さなツールをいくつかつくってきた。いずれもサーバーを借りたり公開サイトに上げたりせず、手元のPCでHTMLをブラウザで開くか、あるいはビルドした静的ファイルを開くだけで動く。この記事では、そうした「ローカルで動くアプリ」が自分の中でどういう位置にいるのかを、つくりながら考えたことをまとめておきたい。

「ローカルで動くHTML」とは何か

まず用語の話から。自分が「ローカルのHTMLで動くやつ」と言っているものは、技術的には次のような性格を持っている。

  • サーバーを立てなくてもよい(あるいは、立てるとしても自分のマシン上の開発用サーバーだけ)
  • 処理はブラウザのなかで完結する(データの送受信を外部APIに依存しないか、依存する場合もローカルでプロキシを立てる)
  • 配布するときはHTMLとJSとCSS(と必要ならビルド済みの一式)を渡せばよい

業界では「静的ウェブアプリ(static web application)」や「クライアントサイドのみのアプリ(client-side only application)」といった言い方がされる。要するに、サーバー側のプログラムに頼らず、ブラウザが読み込んだファイルだけで動くもの、である。

ただし「静的」という語は、中身が固定のページだけという意味ではなく、JavaScriptでインタラクティブに動くものでも、サーバーに処理を送っていなければ静的配信の枠に入る。自分がつくったものの多くは、ファイル選択やドラッグ&ドロップでデータを取り込み、ブラウザ内で変換や計算をして、結果をダウンロードさせる形だ。

三つのツールの概要

Cursorでつくったものを、時系列に近い順で挙げる。

1. PPTX → Markdown

PowerPoint の `.pptx` を、ブラウザ内だけで Markdown に変換するツールである。`.pptx` はZIPアーカイブなので、ブラウザ上で解凍し、`ppt/slides/` 配下のXMLなどを解析して、テキストと画像を取り出す。

`index.html` と `app.js`、`style.css` の三つで構成され、サーバーも Python も Node も不要で、`file://` で開ける。出力は「1本のMarkdown+画像フォルダ」か「スライドごとのmd+画像」を選べ、Obsidian でスライドノートを管理しやすい形でZIPダウンロードできる。スピーカーノートの抽出や、Chart・Table・SmartArt には未対応である旨の警告表示にも対応している。

授業や勉強会のスライドを、そのままMarkdownで残したいという需要からつくった。

2. ほしいものリスト 予算割当(book-budget-app)

Amazon の「ほしいものリスト」から書籍候補を読み込み、複数の予算(例:科研費の品目別)に、余りが最小になるように本を割り当てるツールである。

データの取り込みは、ほしいものリストのHTMLや「リストを印刷する」で出したテキスト、あるいは CSV/TSV の貼り付けに対応している。予算ごとに「超えない(≤)」か「超過許容(≥)」を選べ、優先順位をつけてから計算する。中身は動的計画法(DP)と、予算が大きいときの近似(貪欲+局所探索)である。結果は LocalStorage に保存され、外部には一切送信しない。予算ごとのリストはcsvで出力可能であり,事務局への申請も楽ちんである。

技術的には TypeScript + Vite で、`npm run build` で `dist/` に静的ファイルが出力される。`dist/index.html` をブラウザで開けばそのまま動く。

「複数予算にどう振り分けるか」を手作業でやるのがつらくなり、Cursor に問題を説明しながら一緒に組み立てた。

3. 掘り起こされるアーカイブ(shinsai-archive-search-app)

国立国会図書館の「東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)」の API(SRU)を使った検索インターフェースである。こちらは意図的に「ずれた検索」をする仕様になっている。画面上では期間・場所・キーワードを入力して検索しているように見えるが、実際には入力条件をわずかに変えた条件でAPIを叩く。したがって、正確な情報検索のためのツールではなく、「探していたはずのものとは違うが、同じアーカイブにあった記録」を引き出すためのもの、とREADMEに書いた。また,検索結果画面が下にスクロールすればするほど,検索結果がクリアに見えやすくなる仕掛けを施した。

下にスクロールするともやが晴れる

構成は、Node.js(Express)のローカルプロキシ(CORS 回避のためひなぎくAPIへ中継)と、Vite でビルドしたフロントエンド(`web/`)に分かれている。つまり、動かすときは `npm run dev`や `npm start`でローカルにサーバーを立てる必要がある点で、上の二つとは性質が異なる。それでも、サーバーは自分のマシン上だけで、外部にデータを送るのはAPI問い合わせに限定される。

防災やアーカイブの勉強会で、検索の「ずれ」そのものを主題にしたかったことからつくった。

なぜこうしたツールを手元でつくるのか

三つのうち二つは、データを外部に送らず、ファイルを開くかビルドした静的ファイルを開くだけで完結する。残る一つも、API経由の問い合わせ以外はローカルで完結している。自分にとっての利点は、次のようなものだ。

  • プライバシー:リストや原稿・スライドを、自分の意図しないサーバーに送らないで済む。
  • 手元で完結:ネットがなくても、変換や計算の多くはできる(ひなぎくアプリだけはAPIが必要)。
  • 改変しやすい:自分用の前提(Obsidian のフォルダ構成、科研費の予算の考え方など)をそのままコードに落とし込める。

一方で、「正式には何と呼ぶか」という問いには、いまだにしっくりする一言がない。静的ウェブアプリと言えば技術者には通じるが、中身が「アプリ」らしい振る舞いをしていることを含意させたいときには、「ローカルで動く(あるいはローカル完結の)ウェブアプリ」と補足するのが、自分にはいちばんわかりやすい。

おわりに

Cursor を使うと、やりたいことの説明と、既存コードの断片から、ここで挙げたような規模のツールを、一人でここまでつくれる、という実感がある。その分、「何ができて何ができないか」「データはどこまでローカルに留まるか」は、自分で確かめながら設計する必要がある。

とはいえ最初からうまくCursorに注文をつけられるわけではなく,ChatGPTでプロンプトを練ってから投げかけるようにしている。

それでも,ひとつのアプリにつきかけた時間は数時間程度だ。これはコードを書けない素人が作ったとしては破格のスピードだろう。

これらを誰かに配布するときは、README に「サーバー不要」「データはブラウザ内のみ」と明示し、必要ならビルド手順や `file://` で開く際の注意(一部環境ではセキュリティ制約で動かない場合があること)も書いておくようにしている。同じように、手元で動く小さなツールをつくっている人にとって、このまとめが少しでも参照になればと思う。

桃太郎(深沢七郎風)

以下はChat GPTを使ってアレンジを加えた桃太郎の話だ。

私はエスノグラフィを書くことがあるのだが、できれば深沢七郎風に書きたいといつも思っている。その練習のためにAIに深沢七郎風に書かせてみた。

お題はなんでもよかった。およそ多くの日本人が知っているだろう桃太郎にすることで、ストーリーではなく、文体にフォーカスを当てやすいのではないかと思った。

「深沢七郎風に」とだけAIに注文すると、だいぶ微妙な仕上がりになるので、もっと人間に寄り添った感じでとか、文章の長短をいい感じに混ぜてとか、人間を見つめる暖かさとかなしみを溢れさせてとか、いろいろと注文をつけて完成させた。(ちなみに岡山弁らしき方言はAIが勝手に気を利かせてつけてきた)。

だからこれは深沢七郎の模写というよりも、私の理想の深沢七郎なのだ。

もしもいろいろと遊んでみたい方がいれば以下のURLからアクセスできるようにしたので、試してみてほしい。

https://chatgpt.com/g/g-684b784c23648191a05353f3da550ed4-orekasi-ushen-ze-qi-lang

桃太郎

むかし、ある村のはずれに、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
山のかげで、風の通りがよく、夏はすずしくて、冬は早く日がかげる。
畑も田んぼもなかったが、野菜と芋とを育てて、ふたりで食べていた。

おじいさんは、山へしば刈りに行った。
腰が曲がっていたので、急な斜面では立ったまま眠ってしまうこともあった。
それでも、毎朝、草履をはいて出ていった。

おばあさんは、川へ洗濯に行った。
山の水が、石の間をつたって冷たかった。
指先がかじかむと、「ああ、生きとるなあ」と思うのだった。

ふたりとも、年をとっていたが、いちおう元気だった。
たまに隣の家から味噌をもらいにくる子どもを見ると、少し黙ってしまうことがあった。

ある日、おばあさんが川にしゃがんでいると、
上流から桃がひとつ、ふわりと流れてきた。

丸くて、大きくて、赤みがかっていた。
桃は、何も言わず、ただ流れてきた。

おばあさんはそれを、黙って見ていた。
手をのばすのが、少しためらわれた。
だが、誰もいなかったし、流れてしまえば、それっきりだった。

「もったいないけえの」
そう言って、おばあさんは桃をすくい上げた。

水が、袖までしみこんだ。
冷たさが、骨にしみた。

「じいさまが、好きじゃけえな」
と、小さくつぶやいて、桃を抱いて家へ帰った。

桃は、台所の木の盆の上でしずかに割れた。
中から赤ん坊が出てきたとき、おばあさんは叫ばなかった。
おじいさんは、その声を聞いて急いで帰ってきた。
ふたりで、湯を沸かして、赤ん坊の体を拭いた。
桃の香りが、まだ肌に残っていた。

名前は、桃太郎とつけた。
ふたりとも、特に相談はしなかったが、そう呼ぶのがしっくりきた。

桃太郎は、すくすく育った。
芋をよく食べ、よく笑った。
草履をぬいで裸足で走りまわり、魚を追いかけて川に飛び込んだ。
魚は取れなかったが、水をはねさせる音が、家の奥まで聞こえた。

おじいさんは、桃太郎と一緒に薪を割った。
おばあさんは、桃太郎と一緒に味噌をこねた。
だれも、むかしのことを話さなかった。
桃から生まれたことも、鬼がいるという話も。

けれどもある日、桃太郎は、土間に座ってぽつりと言った。
「鬼ヶ島に行こうと思う」

おじいさんは、煙草を手に取ったまま動かなかった。
おばあさんは、鍋の火を弱めた。

「そうかえ」
おじいさんが言った。

「なしてかの」
おばあさんが聞いた。

桃太郎は答えなかった。
でも、その背中を見て、おじいさんもおばあさんも、もう止められんと思った。

次の日、おばあさんは米ときびを炊いて、団子にした。
味噌を少し入れたから、やや塩気があった。
桃太郎の腰に、それをぶらさげた。

「食べきる前に帰ってくるような気がするけどのう」
おばあさんは笑った。
桃太郎も笑った。
笑いながら、目を伏せた。

おじいさんは、手拭いで包んだ刀を渡した。
それは昔、村に山賊が来たときに握ったものだった。

桃太郎は、何も言わず、頭を下げて家を出た。
ふたりは見送らなかった。
ただ、玄関の戸を開けたまま、土間にしゃがんで、湯を沸かしていた。

風が吹いた。
桃の木が、枝を揺らしていた。
葉のあいだから、夕陽がちらちら見えていた。

山をいくつか越えたころ、犬がいた。
耳がちぎれていた。
遠くから見て、桃太郎は声をかけた。

「団子がある。ついてくるか」

犬はしばらく桃太郎を見ていたが、やがて近づき、黙って後ろを歩いた。
団子はあげなかった。
それでも犬は、ついてきた。

その次の日、猿が木の上で騒いでいた。
桃太郎が見上げると、猿は団子の袋を見ていた。

「欲しいか」
桃太郎が聞くと、猿はうなずいた。
桃太郎は一つだけ渡した。
猿は食べてから、地面におりてきた。

「ついてくるのか」
と聞いたが、猿は答えなかった。
でも、木の枝を伝って、桃太郎の横に来た。

そのまた次の日、空にキジがいた。
桃太郎は立ち止まって見上げた。
キジは桃太郎の頭上をぐるりと回ったあと、前の岩にとまった。

桃太郎は団子を半分に割って、岩の上に置いた。
キジは、それをつついた。
それきり、桃太郎の少し前を飛ぶようになった。

犬と、猿と、キジ。
誰もしゃべらなかったが、誰もいなくならなかった。

夜、桃太郎は火を焚いた。
猿は近くの枝にぶらさがり、犬は地面に寝ていた。
キジは離れた木にとまっていたが、目は閉じていなかった。

団子は、もうあまり残っていなかった。
でも、足りなくなったら、そのときは分け合えばいいと思った。
黙っていても、そういうふうになっていた。

次の日、海が見えた。

船に乗ったのは、村の漁師が出した舟だった。
「鬼ヶ島に行きたい」と言うと、漁師は首をかしげたが、何も聞かずに漕いでくれた。

海は思っていたより静かだった。
桃太郎は舟のへりにもたれ、犬と猿は身を寄せていた。
キジは帆の上にとまっていた。

しばらくして、島が見えた。
岩がごつごつしていて、赤い屋根のようなものがいくつか見えた。
煙が出ていた。
鬼の家だろうか、鍋を焚いているのだろうか。

舟を降りて、浜を歩いた。
誰も出てこなかった。
犬が鼻を鳴らした。
猿は木をつかんで、上へ登った。
キジが低く鳴いた。

その声に、鬼が出てきた。

赤い顔をして、金棒を持っていたが、片足を引きずっていた。
目は大きかったが、何かをじっと見るような目ではなかった。

鬼は叫んだ。
何を言っていたかは、よく聞こえなかった。
桃太郎は、腰の刀を抜いた。

犬が吠えた。
猿が背中から飛びかかった。
キジが空から急降下した。

鬼は驚いたようだった。
転び、転がり、何かを叫び、
やがて、地面に伏した。

桃太郎はそれ以上、手を出さなかった。
鬼は、もう立ち上がろうとしなかった。
しばらくして、他の鬼たちが、奥から出てきた。

誰も戦おうとしなかった。
ある者は腰を抜かし、ある者は泣いていた。

桃太郎は、持っていた袋を開いた。
残っていた団子を、三つ取り出して置いた。

「これは置いていく。腹が減ったら食べてくれ」

鬼たちは何も言わなかった。

桃太郎は、犬と猿とキジと一緒に舟へ戻った。
舟はまだ浜にいた。漁師は網を直していた。

帰りの舟では、誰もしゃべらなかった。
海が青くて、空がまっすぐだった。

村に帰ったのは、夕方だった。
家の前には、火がともっていた。
おばあさんが、鍋のふたを開けていた。
おじいさんは、薪を割っていた。

桃太郎は黙って玄関に立った。
おばあさんが、ふと顔をあげた。

「おかえり」

それだけ言って、また鍋に目を戻した。

おじいさんは、薪の束をひとつ持ち上げて、
「団子は、足りたか」と言った。

桃太郎は、うなずいた。

犬はそのまま庭に寝ころび、猿は柿の木に登った。
キジは屋根の上で羽をとじた。

夕飯の匂いが、土間にひろがった。
その匂いのなかに、桃の香りが、まだ少しだけ残っていた。

2025年度になりました

2025年度になって所属は変わらないのですが、職位がひとつ上がりまして、准教授となりました。正式名称は福山市立大学都市経営学部准教授です。何も考えずに去年大量に作った名刺を全部作り変えないといけないです・・・。

年度末にショックなことがありました。私が3年間委員を務めていた福山市まちづくりサポートセンターの事業者が公募の結果、交代することになりました。これまでたくさんお世話になったスタッフのみなさんがもう「まちサポ」ではなくなるのかと驚くとともに、3月25日に事業者の変更を決定して3月31日にはまちサポを明け渡さないといけないという暴力的なスケジュールに胸が痛いです。まちサポのスタッフのみなさんは福山に対話の文化を根付かせてくれました。この根が枯れることのないように、大きく幹をつけ、花や実がなるように祈っています。そして、まちづくりという極めて長いスパンで取り組むべきことをたった3年の任期で首をすげ替えてしまうようなやり方が見直されることを強く望みます。

さて、今年度は日本質的心理学会の編集幹事長を務めることになりました。編集幹事長の最大のしごとは、査読委員の先生に「査読遅れていますよ」というメールを送ることです。宮前からメールが来たら至急お返事くださりますようよろしくお願いします>関係各位

また、日本質的心理学会の次回大会の準備・実行委員としてもすでに半年ほど動いています。来月あたりにはHPが公開されるのではないかな・・・と思います。ぜひみなさん質心大会に広島にお越しください。

2025年度から3年間の計画で、科研の基盤Cに採用されました。「よそ者が繋ぐ復興の力:過疎化地域における関係人口とコミュニティ再生の理論構築」というタイトルで、愛媛県西予市野村町を舞台に関係人口が復興にどのように寄与できるのかということを、これまで取り組んできたNEOのむらという一般社団法人での様々なネットワークをもとに考えていきたいと思っています。また、野村の酒文化である「サシアイ」が地域のネットワークにどのような影響を与えているのか、いわば「飲みュニケーション」研究も進めていきたいと思います。時代の流れに逆行しているようですが、飲み会の力は侮れないこともありますよね。

他にも、写真洗浄のことはそろそろまとめないとと思っていますし、福山でスナックの研究を進めていければと思っていますし、うちの大学は保育者養成系のコースもあるのでそういった研究も分担して進めていく予定です。防災の研究も進めています。

今年度もいろいろなところで多くの方にお世話になります。今年度もどうぞよろしくお願いします!

弱さのアイロニー

ボランティアは不思議な行為だ。

大災害を報じるニュースを見て、足がすくむ思いがする。自分は被災していないのに、自分なんかでは被災した方々のつらさを分かち持つことはできないのに、それでも居ても立っても居られなくなる。

極論すればボランティアには何もできない。それでもボランティアに行く。「何もできない」という自己否定は、しかしながら、ささやかな希望でもある。被災地に行き、一日ボランティアをし、しかし、被災した家の片付けはまったく進んでいるように思えない。あと何週間何ヶ月、この家の人はこのつらい片付けに向き合わなければならないのだろう・・・。私は家に帰れば暖かい食事にありつけてしまう。申し訳ない気持ちになる。だけど、そうやって気分が塞いでいても、被災した方から一言「ありがとう。助かったよ」と言われる。助かったのはこっちですと言いかける。

ボランティアは何もできない。だからこそできることがある。このアイロニーこそがボランティアの本質ではないかと思う。

しかし、「ボランティアは何もできない」という表面上の意味だけを知ったかぶりして、「何もできないボランティアが現地に行くのは迷惑だ」と批判する声が増しているように思う。ボランティアのような何もできない素人は引っ込んで、自衛隊などの「プロ」に任せておけばよいという一見合理的な主張が、見た目の正しさに引きずられて賛意を得ていく。ボランティアのアイロニーは、被災地から遠く離れた正しらしさによって無かったことにされていく。

いまはボランティアが出る幕ではないという主張はたしかに正しいのかもしれない。しかし、そうこうしているうちに支援の網の目から漏れ、苦しむ人は見捨てられている。ボランティアには何もできない。何もできないからこそ、目の前の寒さに凍える人に手を差し伸べることはできるのだと思う。

日本質的心理学会の優秀論文賞を受賞しました!

2022年3月に刊行された質的心理学研究第21巻に掲載の「実践としてのチームエスノグラフィ:2016年熊本地震のフィールドワークをもとに」(置塩 ひかる・王 文潔・佐々木 美和・大門 大朗・稲場 圭信・渥美 公秀と共著)が日本質的心理学会の優秀論文賞を受賞しました!

質的心理学会の優秀論文賞は毎回オリジナルの受賞名が付与されることになっていまして、本論文は「優秀フィールド実践記述革新論文賞」となりました!

この論文は、熊本地震のときのフィールドワークと論文中では触れられませんでしたが大阪北部地震のときのフィールドワークがもとになって書かれています。人類学などのフィールドワークは単独で行われることが多いのですが、災害救援となると人手が足りないことも多く、大人数でボランティアに行く機会が増えます。そういった、複数人で現場をうろうろすることを一つの論文としてまとめられないか、そしてそうやって書くことを通じて「チームエスノグラフィ」の可能性をひろげられないか・・・と考えて書いた論文です。

なので、質的心理学研究の中でも最も共著者数が多い(7人)論文となりました。たくさんの仲間と議論しながら、ときに励まされながら書いた論文なので、賞をいただけて感動もひとしおです。そして、なによりも現地のみなさんのおかげで書いた論文です。「チーム」とは研究者集団だけではない、というのが論文で書いた「サビ」の部分でした。

熊本地震のときに一緒にボランティアした同期が書いた本です。「チームエスノグラフィ論文」の別視点です。こちらもあわせて読んでもらえると嬉しいです。

黒潮町防災ツーリズムの特設サイトがオープンしました!

僕のゼミでもお世話になっている高知県黒潮町の防災ツーリズムの特設サイトがオープンしました。

黒潮町は南海トラフ大地震で最大津波高34mという想定がなされています。しかし、その一方で黒潮町は海からの恵みをとても上手に活用しています。

自然をただ怖れるでも恵みを享受するだけでもなく、自然とうまく付き合うための秘訣が黒潮町にはあります。

ぜひ関心のある方は上記HPをご覧になってみてください!

おすすめ

水に濡れた写真をお持ちの方へ

【追記】2023年6月に発生した水害からの一刻も早い復興を祈っています。私にできることを少しでもしたいという思いから以下再掲します。

福山市立大学で教員をしています宮前良平と申します。

私は東日本大震災の被災地である岩手県の野田村というところで津波で流出した写真の返却活動を行ってきました。また、その後、いくつかの場所で写真洗浄の方法を学んできました。被災された方からの写真をお預かりし、洗浄する活動もしてきました。

もしも、このページをご覧の方やそのお知り合いの方に被災して写真が濡れてしまったという方がいらっしゃいましたら、以下の画像および動画をご覧いただければと思います。写真の応急処置についてまとめられています。どちらも被災地で活動してきた私の友人が作成したものです。

写真の洗浄に関してご質問がありましたら宮前(r-miyamae@fcu.ac.jp)までご連絡ください。

私たちの手で大事なお写真を洗浄することもできるかもしれません。少しでもお力になれれば幸いです。

(22/09/24古いバージョンのチラシを掲載してしまっていたので最新版に差し替えました)

被災写真救済ネットワークさんのHPに詳しい洗浄方法など充実していますので、ぜひ参考にしてください。上記のチラシは被災写真救済ネットワークさんからお貸しいただいています。

以下の動画は、神戸市を中心に活動しているおたいさまプロジェクトさんの動画です。こちらもわかりやすく洗浄方法について解説されています。

「チームエスノグラフィ論文」が載りました

日本質的心理学会が刊行している『質的心理学研究』の第21号に私を第一著者とした論文が載りました!ただ,学会員でないとまだ読めないみたいです。たぶん1年くらいで一般公開されるはずです・・・!

タイトルは「実践としてのチームエスノグラフィ」です。ふつうエスノグラフィは一人で調査し,一人で書き上げるものなのですが,被災地に救援に行くときは,複数人で行くことがあり,そこで起きたことをチームとしてまとめあげることについて書きました。

こうやって書くと,チームでエスノグラフィを書くほうが内容も豊かになるし,事実確認(というか,いわゆる「裏とり」)もしやすくなるんじゃないの?って思われる方もいるかもしれませんが,実際はそんなに簡単なものではなく,複数人で書くからこそ見える事実が異なってしまい,結局のところ何が「事実」なのかわからなくなってしまうという事態に陥ってしまいまいがちです。この,複数の視点が乱立することで,事実が同定できなくなってしまうということを,黒澤明監督の映画『羅生門』にちなんで「羅生門問題」とか「羅生門効果」と言います。実際,チームエスノグラフィは結構書きにくいので,これまでほとんど研究成果がありませんでした。

この論文では,チームエスノグラフィにつきものの羅生門問題を,「なぜ同じものを見ているのに別々のように見えてしまうのか」という形ではなく,「なぜ別々の記述をしているのに同じものを見ていると信じてしまうのか」と問いを反転させることで,羅生門問題を新たな問いに気づくためのステップとして捉え直しました(この部分は矢守克也先生の議論を大いに参考にしています)。そうやって考えれば,チームエスノグラフィは気づかれざる前提に気づき,新たな実践を駆動させてくれる手法でもあるのです。

もうひとつ,この論文は熊本地震の被災地である益城町でぼくが出会った方々への恩返しのつもりで書きました。どこの誰かもわからない大阪から来た何人もの学生を,片付けなどで大変な時期にも関わらず,優しく受け入れてくれたみなさんがいたからこそ書けた論文です。ほんとうにありがとうございます。

福山市立大学都市経営学部に着任しました!

2022年4月1日付けで福山市立大学都市経営学部に講師として着任しました。任期は無しです。「しっかり腰を据えて研究に打ち込んでください」とありがたいお言葉をいただきました。

「都市」「経営」どちらも自分には無縁のワードだと思っていました。僕がよく通っている場所は農村部と言ったほうがふさわしいところですし,そんな地域が僕は好きなのです。被災地でのボランティア活動は,全く非経営的なものです。そう思えば,自分にはむしろ都市経営というよりも「農村」「非経営」のほうが似合っているなと思います。そんな感じで変わらず実践に研究に教育に打ち込んでいきたいと思います!

大阪大学賞ダブル受賞しました

令和3年度の大阪大学賞を2つ受賞しました!

1つは,緒方洪庵というお酒を作ったことに関係していて,もう1つは被災地での写真返却活動に関係しています。そしてどちらも被災地から生まれた活動という点で共通しています。そのことがとても嬉しいです。

この受賞は僕一人の力では全く無く,たまたま目立つ位置にいた自分が代表者として受賞させてもらったのだなと感じています。なかなか陽の当たることの少ない活動を地道に一緒に続けてくれた仲間とこの賞を分かち合いたいと思います。

https://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/honors/campus-award/ouprize/ouprize_r3

空白の傷を聞くとは(浅田政志さんとの対談)

2021年9月6日に本屋B&Bの企画として写真家の浅田政志さんと対談しました。

それを本書編集者の高松さんが再構成してくれました!ありがたい!前後編あります!

https://note.com/sekishobo/n/n0bb00cff2d7a

https://note.com/sekishobo/n/neb515758bb14

この度刊行しました『そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学』の刊行記念対談です。本書の中で宮前がちらっと書いた「空白の傷を聞く」というモチーフを浅田さん宮前の視点から考えてみるという対談となりました。

トークイベントを見た私の母からは「アンタ、浅田さんに助けられたね・・・」とのこと。どれだけ助けられたかを確かめてみてください!